2014年春、三重県桑名市。
上げ馬神事で有名な多度大社のすぐそばに、一軒の平家が建ちました。
建築デザインの研究者であり建築家である伊藤孝紀氏が、
自身の研究成果と経験を活かして両親のために建てた家。
玄関をくぐるとそこは、「老い」に寄り添おうとする気遣いと優しさ、
そして父母への敬意と感謝にあふれていました。
それは我々が目指すべき家のカタチ、そのものでした。
我々は伊藤先生の知見と思想を受け継ぐような「終の住処」を
開発したいと申し出ました。
社内に専門チームを置き、設計施工はすべて伊藤先生に
監修してもらうこととしました。
志はあれど霧中にいた我々に、
「はしもとの家」のシルエットが浮かび始めました。
「人の老いと向き合う家」の開発を目指し、
伊藤先生から教えを乞うなかでわかったのは、老いには体と心の2種類があること。
はしもとの家は、体の老い(=老化現象)をできるだけ苦にしなくてすむよう、
高齢者を効果的に支え補えるよう、さまざまな角度から調査・実験(身体機能に係る評価実験)をして、
その結果を踏まえた設計や設備を取り入れました。
さらに心の老いについても、調査・実験(心理効果に係る評価実験)をもとに、
高齢者の五感を刺激したり、ユーモアや好奇心といった感性に働きかける工夫を施しました。
物質的、金銭的な価値には代わりがあります。けれども人の体験から得られる感覚的な価値は、
何ものにも代え難い財産です。歳を重ねるにつれ、家のなかですごす時間が増えたとしても、
心穏やかに明るい気持ちでいられたり、一日の陽の動きや四季の移ろいを感じられたり、
昨日は気づかなかった小さな出来事に気づけたりと、もしそんな日々が送れたなら、
それは老化ではなく、成長といえるのではないでしょうか。
本当のデザインとは、人を理解し、人に寄り添い、
人の役に立とうとする姿勢と工夫だと我々は思います。
一つひとつに意味があり、それでいて美しく、ユーモアも忘れない、
それがはしもとの家の「デザイン」です。
建築家・名古屋工業大学大学院 准教授
有限会社タイプ・エービー 主宰
建築、インテリア、家具のデザインや市場分析からコンセプトを創造、デザインを活かしたブランド戦略を実践。
行政・企業・市民と連携した街づくりに従事し、 社会実験などの活動を牽引。
2026年アジア大会メインスタジアム瑞穂公園再整備計画委員会座長、
2027年リニア中央新幹線名古屋駅西側エリアのデザインアーキテクト。
主な受賞歴
JCDデザイン賞銀賞(2007年)、日本建築学会東海賞(2008年)、中部建築賞(2009年)、
グッドデザイン賞(2013年)、すまいる愛知賞、名古屋市住宅供給公社理事長賞(2017年)、
DSA日本空間デザイン賞協会特別賞(2017年)、愛知まちなみ建築賞(2018年)など多数受賞